プロローグ





「すみません、定期券届いていませんか? ここにならあると聞いて……」


 落し物保管所の駅員は慌ただしく窓口に飛び込んできた男を一瞥して、紙を差し出した。


「ここに落とした場所、落とした日時と、名前、住所、電話番号を記入してください」


 ボールペンは窓口の左に置いてある。だが、男は紙を見つめるばかりで記入しようとはしなかった。かすかにその手が震えている。


「それが……、わからないんです」


「ああ、場所や時間はだいたいで結構ですよ。どの路線か判れば探せますから」


「いえ、あの……。
私はあの駅も、あの町の本当の名前も知らないのです。
ただ、『ソラノナカマチ』と呼ばれていた。それだけで。
路線も、いつもの駅で、3月3日と9月9日の8時8分に6番線に来る列車に乗ればそこへ行けるとしか……」


 駅員の顔色が、わずかに変わった。


「ソラノナカマチ、と言いましたか?
そこで本当に間違いないですか?」


「え? ええ。そうです」


「そしてその定期券を、あなたは持っていた。
それは本当にあなたの定期券でしたか?」


 駅員は真っ直ぐに男の目を見て問いかける。


「はい。間違いありません。私の定期券です」


「失くしたのは、ソラノナカマチで?」


「正確には、ソラノナカマチの最寄りの駅です」


「自分から手渡したのではないのですね?」


「はい。気がついたらなくなっていました。
私は半狂乱になって探しました。あれはどうしても必要なものでしたから。
でも、見つけられなかった。
そんな時に、ここに定期券が届けられていると聞いて……」


 そう語る男の年齢はわからないが、その表情には長年の疲れが深い皺となって刻まれていた。顔色も悪く、今にも倒れそうだ。


「お話はわかりました。
それならば早速定期券を、と言いたいところなのですが……」


 駅員は気まずそうに視線をさまよわせた。


「実は先ほどからその定期券が見当たらなくて。
何人か落し物を取りに来られた方がいるので、
その方の誰かが間違って持って行かれたのかもしれないのですが……」


 立ち尽くす男は拳を強く握った。


「そんな……、どうしてくれるんですか!
せっかくここまで来て、ようやく手にできると思ったのに。
あれが無いと彼女は助からないんだ。なんとかして見つけてください!」


 だが、駅員に慌てる様子はない。


「ご心配なく。
一度お持ちになっていたのであればご存じかと思いますが、
あれは必ず持ち主の元に戻ってきます。
あなたが本当の持ち主であれば、
必要な時には必ず戻って来るはずですよ。

とはいえ、こちらで失くしたのは私の落ち度。
定期券を探すお手伝いをしましょう」


「どうするんですか?」


「探しに行くんですよ。
黙っていたら、いつ戻ってくるかわからない
自由気ままな定期券ですからね、あれは。
さあ、行きましょうか」











二人は、定期券を追った。





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