ソラノナカマチ

作・いちい


何のためにソラノナカマチを指して歩いているのか?
何かを求めて出発したはずなのに、今は辿り着く事自体が目的になっている。辿り着けば全て分かるという気さえしている。

どれくらい歩いただろう。
どれだけ歩けば辿り着けるだろう。
目的地の方から歩いて来てくれれば良いのに。
ソラノナカマチに着いてしまえば気にならない、どうでも良い事ばかりが頭を巡る。

路傍の草や木が当面の目的地を示してくれるので迷うことは無いが、これからどういう道を通るのかがさっぱり分からない。
ついこの間などは、鳥が定期券を運んできた。いよいよ不思議な感じがしてくる。
かすれた文字は解読不可能だ。ますます不安が募る。

こんな事ばかり続くから、近付いているのか、遠ざけられているのかも謎だ。
しかし、立ち止まっていても仕方がない。
歩く事にようやく慣れてきた足を、期待も薄くのそのそと動かし始めた。




夜しかなかった世界に伝わる、おとぎ話。


こんにちは。旅人さん。

え? だって、その定期券を持ってるって事は、あなた、旅の人でしょう?

行き先がわからない? おかしな事を言うね。行き先はその定期券に書いてあるのに。

読めない? それじゃあどこに向かってるのさ?

ソラノナカマチ? 
ぷ! あっはははは! それこそ伝説の街じゃないか。
そう。伝説。しゃちほこばった噂話ってやつ。…聞きたい? 別に構わないよ。

じゃあこの世界に伝わる昔話をお聞かせしましょうか。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

太陽と月がいれかわる空のまんなか、ソラノナカマチ。


でも、このセカイには、朝がない。

「一日」があっても「朝」とよべるじかんがない。

むかしはあったんだけどね。



月が太陽をたべたんだって。

*

むかぁしむかしのあるところ。

ひとりの太陽がおりました。

自分がきれいなことを

じまんにして見せびらかしているものだから

みんなからきらわれていました。

昼と夜のいれかわりのたんびに

「あなたは地味ねえ」

とお月さまに言うのです。

ひとのいいやさしいお月さまは

太陽の心ないひどい言葉にも

いつもおだやかにニコニコわらっていました。



ある時。

そんなお月さまが恋をしました。

月夜にあらわれては空をじゆうきままにとんでいるひと。

そのひとは雲さんでした。

ある夜。

お月さまは思いきって雲さんにはなしかけてみました。

「わたしはいつもきまった道しかあるけないので

じゆうなあなたがうらやましいです。」

「えっ。」

のんびり夜空にうかんでいた雲さんはびっくり。

いつもたくさんのおともだちがいるお月さまが

まさか、自分をうらやましいと思っていたなんて。

「わたしもじゆうにあるけたらいいのに」

そう言ってさびしそうにわらうお月さまです。

のんきものな雲さんでしたが

太陽とお月さまのやりとりには

日ごろから心をなやませていたひとりです。

お月さまがどこかさびしそうなのは

きっと太陽のことだなと思いあたりました。

それで思わず

「ではわたしがお月さまのかわりに」

と太陽とのはしわたしをひきうけました。


さて。

つぎの日の昼。

「わたしはなんてきれいなのでしょう」

太陽はいつものように自分を見せびらかしています。

みんな本当は

「空にはりついているだけなのにえらそうだなあ」

と思っていました。

でも太陽はおこらせるととってもこわいひとなので

だれもなにも言いません。

「太陽さん」

ごきげんな太陽のところへ雲さんがやってきました。

太陽は心のなかで

「このわたしにきやすくこえをかけるなんて」

と思いましたがかおにはだしませんでした。

かわりに

「なにかしら」

とすましてへんじしました。

お月さまとなかよくしてほしいことを

雲さんはいっしょうけんめい太陽につたえました。

でも。


自分のほうがまぶしいのに。

自分のほうがきれいなのに。

なぜいつも月のまわりにばかり

ともだちがたくさんいるんだろう。

月のまわりにはいつも星たちがひかっている。

この雲だってそうだ。

月に言われてわざわざやってくるんだもの。


太陽はほんとうは自分がみんなに

好かれていないことを知っていました。

だって自分のまわりには

だぁれもちかづいてこないのだから。

ほんとうはお月さまのことがうらやましくてしかたがなかったのです。


太陽はだんだんはらがたってきました。

太陽にわるい心がうまれました。

「だいじなともだちがきえてしまったら

月はきっとかなしむだろう。

いいきみだ」



さて。

目のまえにはひっしな雲がいる。

「わかったわ」

太陽はようやくけっしんしたようにまじめなかおで言いました。

「今までひどいことを言っていたけれど

ほんとうはわたしもなかよくしたいと思っていたの。

それであなたにおねがいがあるの」

太陽のそのことばをきいた雲さんはうれしくて

「自分にできることならなんでもしよう」

と思いました。

太陽はもうしわけなさそうに言います。

「今までのことをあやまりたいのだけれど

お昼と夜のこうたいのときだけでは

つたえきれないから

あなたにかわりにつたえてほしいの」

「そんなことならおやすいごよう」

うれしそうにこたえる雲さんに

太陽はてれくさそうに言います。

「あまり大きなこえもはずかしいので

みみうちでこっそり言いたいわ。

ちかくにきて」

雲さんはうれしさがいっぱいで。

これからみんななかよくできると思うと

心がうかれて。

これっぽっちもうたがわず

言われたとおり太陽に近づきました。



太陽は

「今だ」

雲さんをむんずとつかむとぎゅうっとだきしめました。

おどろいたのは雲さんです。

ギラギラとあつい太陽にちかづいただけでも

からだがちっちゃくなってしまうのに。

このままではきえてなくなってしまう。

「太陽さんどうかはなして」

雲さんは太陽をせっとくしていたときより

もっとずっと

ひっしに言いました。

けれど。

太陽は雲さんをつかまえたまま

ぜったいにはなしませんでした。



お月さまが悲しい知らせを知ったのは

その夜のことでした。

お月さまはぽろぽろとなきました。

なみだはながれ星になって

くろい海のような空にきえていきました。

お月さまはとてもやさしいので

かなしいことがあるとすぐにないてしまいます。

いまでも空からわたしたちをみまもっていて

だれかがしんでしまったり

かなしいことがあると

ぽろりとなみだをこぼします。



だいすきな雲さんが自分のせいできえてしまった。

そう思うとかなしくて。

そう思うととてもくるしくて。

お月さまはうまれてはじめて

心のそこからおこりました。



いつもの昼と夜のこうたいのとき。

太陽はよせばいいのに

お月さまにむかっていやみを言いました。

「ともだちにむりをさせて。

自分ではなんにもできないからって」

そのことばをきくかきかないかで

お月さまは太陽にどーんとたいあたりしました。

太陽ははじめなにがおきたかわかりませんでした。

いつもおとなしいお月さまが

いきなりそんなことをするなんて思ってもみませんでした。

太陽がさいごに見たものは。

目のまえで口を大きくあけたお月さまのすがたでした。

*

このセカイには、朝が、ない。

「一日」があっても「朝」とよべるじかんがない。

むかしはあったんだけどね。



月が太陽をたべたんだって。

*

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

*

そして、それからずっと、夜しかなくなった。

ソラノナカマチはその時から、
昼と夜の真ん中じゃなくなった。

ソラノナカマチはその時に、
なくなっちゃったんだ。

だから、伝説。



そんな顔しないでよ。このお話には続きがあるんだ。


*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

太陽をまるまるのみこんだお月さまが

そのままぶじでいられるはずがなくて。

ある日。

お月さまから火がでた。

それまでくらかったセカイは

きゅうにあかるくなって。

きゅうにまぶしくなって。



「アカツキじゃ……」

ばあちゃんがそう言った。

朝がくるときってこんなかんじなんだって。

くろい空がだんだんあかくなって

しろいひかりにつつまれていく。

*

こうしてお月さまは

ひとりで「太陽と月」をしなくてはならなくなりました。

朝は太陽として

ほのおがでたからだで山からのぼる。

夜は月として

海でからだをさましてまた空にあがる。

なかよくなれなかったふたりは

こうしてひとりになってしまいました。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

そう、だから今はね、あの海の向こう側がソラノナカマチ。
太陽と月が入れ代わるでしょ? 


行ってみる? 気を付けてね。

ん? あんまり心配してないふうだって? 

あはは、当たり。
ごめんごめん、だって、旅人さんならきっと大丈夫だから。

ヒトゴトだと思って? 
そんな事ないよ。ここに来る人は、みんな友達だよ。

あ。その定期券は、ちゃんと渡して行ってね。
改札を通らないと次の街へ行けないよ。

誰に渡せばいいかって? そんなの、友達に決まってるじゃない。

え?
 
くれるの?

………ありがと。


……。

うん。やっぱり大丈夫だ。
あのままゆっくり歩いて行けば、無事に辿り着けるね。

…。

わあ、この定期券あったかいや…。
これまでたくさんの人に温められてきたんだね。

う〜ん、どうしようかな。
これを持って行けば帰れるんだけど。

もうちょっとここに居たいんだ。

…。

あ。ねぇキミ! …そうそう、キミだよ。
最近はここもよく人が通るようになったものだね。
ひとり? よかったらこれをもらってくれないかな。

見た所、キミはずいぶん凍えてるみたいだ。


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